なるほど、確かに私は桜が見たいとは言ってない。
は眼下に広がる黄色い菜の花畑を見ながらそう考えた。花見がしたい、と言っただけであって、決して桜の花が見たいと言ったわけではない。その点に関しては異論はない。けれど。
「花見って言ったら普通桜だよね!?」
そう?との隣で団子を頬張りながら椎名翼は可愛らしく首を傾げた。いつもはこの動作で一撃を食らい、全てがどうでもよくなるだったが、本日ばかりはなんとか踏みとどまる。ゆらゆらと風に揺られる見事な菜の花畑を指さした。
「花見ってそもそも見下げるものでもないじゃん!?」
「そうなの?」
「いやそうでしょ!」
反論しても、それはの定義であって僕の中の辞書には書いてないよ、と椎名は取り合わない。口では勝てるわけがないとわかっていても、なんだか納得がいかなくて、はみたらし団子片手に盛大にため息をついた。
今年の桜は、開花が遅かった。
いつもならば学校が始まる前の春休み期間中に花見をすることが多いけれど、今年は学校が始まってから桜の花が咲いた。学校が始まってしまえば、放課後は部活動に追われる。新入生勧誘や春の大会に向けて動き出さなければならないのであって、当然のことながら休みは減る。だから、今年は大好きな桜の木の下で、花見をすることが叶わなかったのだ。
椎名と付き合い始めて半年、初めて迎えた、春。
だから、彼女はとても楽しみにしていたのだ、今年の花見を。椎名と並んで見る、桜を。それなのに、結局その夢は叶わなかった。の頭の中はいつだって花だらけやから問題ないやん、と井上あたりは言うけれど、それとこれとは話が違う。
花見したかったなあ、と何となしに呟いていたら、椎名から一言「今週末花見する?」と。
この流れから考えて、の言う花見が桜の花見を指していることくらい、小学生だってわかるだろう。だから当然、彼女もそう考えた。
「大体桜はもう散ってるんだから、桜なわけないだろ」
「いやでもほら山梨とかは今週が満開らしじゃん!?」
「そこまで連れていくと思ったの?中学生の僕が?」
「世の中には電車という手段があります椎名さん」
「手段の問題じゃないよ、時間とお金の問題。何?菜の花嫌いなの?」
いえ嫌いではないですけどもむしろ見事ですけども、は口をもごもごとさせた。ならいいじゃんと満足気な顔で言われ、はまた完敗だ、と思った。最初から言葉で椎名に勝てるとは彼女とてさらさら思っていない。地元の和菓子屋で買い込んだ団子や大福に手を延ばしながら、心底納得いかない!とは理不尽さに頬を膨らませる。昨日までは荒れていた天気も、今日は穏やかだった。絶好の花見日和であるだけに、悔しい。
「まあ今日くらいは僕に付き合ってよ、一昨日誕生日だったわけだし」
「もうお祝いしたので関係ないと思うのですが・・・・」
別にとて理由もなく落ち込んでいるわけではない。
花の中で、桜が一番好きなのだ。
だから、一番好きな人と、一番好きな花を見れたら、ああどんなにか幸せだろう、と想像しては楽しみだったのだ。今年はその夢が叶わなかったと諦めていたから、思わず道のど真ん中で踊り出すくらいには、嬉しかった。舞い上がっていた。付き合い始めて、一番幸せな気持ちだったかもしれない、いやこれは言い過ぎだろうか。
ベンチに腰掛けながら、足をぶらぶらと揺らす。これ以上文句を言っても、お互い何の得にもならないとは諦めた。諦めたけれど、何となく大人しく菜の花を鑑賞することは癪で、足を揺すりながら、視線は地面に咲くたんぽぽに向けられていた。
「大体さ、」
口を開いてそんな風に言う椎名の声は、存外優しかった。そして、どこか嬉しそうである。は顔を上げずに「何よ」と可愛くない声で言う。
「僕が入れば、花はなんだって構わないだろ?」
それだけで最高のシチュエーションじゃん、口の端をあげて無敵に笑う椎名に「それもそうだね」と当たり前のように返事をしてから、ああもう本当に自分は大概翼にゾッコンだよなあ、とは幸せそうに笑った。