世間の中高生が夏休みという楽園に突入した頃。
は誰が見てもわかるほどブルーな状態にあった。








界に咲いた赤い花









夏休みに突入したことは他のみんなと変わらないのだけれど。
問題は。

「・・・マサキ、赤紙が届いたんだけどどうしようか」

赤紙とは、夏休みの最初の一週間を勉強に費やさなくてはならない人たちに届く葉書のことである。期末テストの点数が足りないが故に補講でなんとか成績をくれてやろうという先生方の涙ぐましい親切心から生まれたものなのだけれど、正直生徒達から見れば果てしなく迷惑だった。赤紙が赤紙と呼ばれるようになった所以はよくわからない。

「何、赤紙って」

目の前で雑誌を読み漁っていた幼なじみはそこで怪訝そうな顔を見せた。

「またの名を警告カード。またの名を補講招待状」
「つまり補講があんだな」

黒川はすでに興味を失ったらしい。視線を下に落とす。

「要約するとそういうことです。さてどうする?」
「どうするも何も。受けてこい」
「いや、そりゃ受けに行くけども。なんとびっくり、宿題があるんですよ、プリント10枚ほど?」

の言葉を借りると、「補講受けなきゃなんないような人たちが自分で問題なんか解けるわけないじゃない」、とのこと。理屈が通っているような通っていないようなこの言葉に、黒川は曖昧に返事を返す。ぺらりと雑誌のページをめくった先に見覚えのあるFWを見つけたらしい彼は少しだけ眉をひそめてすぐにその雑誌を閉じた。「藤代くんだ」、と。「知ってんの?」「うん。マサキと同じ世代のサッカー少年は一通り知ってるよ」、何故か得意顔だ。

「ってなわけで、マサキ手伝ってよ」
「有名私立校に通うお前でもわからない問題を俺に解けるとでも?」
「解けるとか解けないとかは問題じゃないの。要は埋まればよし!」
「はぁ?だったらテキトーに書きゃいいんじゃねえの?」

テキトーに書けるのなら、おそらく夏休みの課題に苦労する学生など一人もいなくなるに違いない。そんなわけで勉強教えて、とが広げたプリントを、黒川は覗き込んだ。覗き込んで、5秒。



「無理」



再び視線は雑誌へと向かった。

「無理じゃないでしょちょっと待ってよよく見て!これ!中1の問題っ」
「ふざけんな学年とか関係ねえだろ。お前、自分の学校のレベル、自覚しろ。こんなん解けるやつ、俺のまわりには1人もいな・・・、あ。」

ピンポーンと来客を告げるベルが鳴る。
階下で黒川の母親が対応している声がした。なんとなく沈黙が続いて、2人して扉を見つめていると、ノック音がしてがちゃりと扉が開いた。





「・・・誰これ」





を指差してそう言ったのは、この間黒川の学校に転校してきて、学校中の噂の種となった椎名翼だった。

が椎名を見たのはこれが初めてだったが、なるほど、その整った顔立ちに小学校の頃の友人が言っていた、学校をあげて女子が大騒ぎするほどの美しさ、の意味を理解した。黒川から直接聞いたわけではないけれど、そういえば椎名が不良と呼ばれ疎まれている集団と仲が良いらしいということを、友人がため息をつきながら残念そうに言っていたのを思い出す。
まさか自分の幼馴染がその不良だったとは思ってもみなかったので、思わずはしげしげと彼を見つめた。

「翼。こいつ、幼なじみの。俺の1つ下。私立に通ってっから学校じゃ会わなかったんだ」
「へえ、マサキに女の幼なじみがいるとはね。僕の名前は椎名翼。よろしく」

差し出された右手に、はおそるおそる自分の右手を重ねた。
手まで美しい。

「で、ワリ、翼にお願いがあんだけど」
「なに?」
「どうせまだサルたち来ないし、それまでこいつに勉強教えてやって欲しいんだ。有名私立だから、俺じゃわかんねえし」
「え!え、いやいいですよ椎名先輩そんな恐れ多い!」

慌てて手を振ってみせたに、椎名は学校名を聞く。小さくが答えると、満足気に彼は頷いた。その顔さえもが美しいのだから、美人とは反則だ。

「オーケー、見といてやるよ。その代わりマサキは五助と六助手伝ってやってよ。飲み物買いに行かせたんだけど、多分2人だけじゃきついから」

意味がわからない!とが1人何をすればいいのかわからずにあたふたしているうちにあれよあれよという間に2人の間で交渉が成立したらしい。頑張れよ、とかなんとか短いあいさつを一方的にに投げ掛けると黒川はさっさと部屋から出ていってしまった。
いきなり初対面の年上の男の子と1対1にされてにこやかに笑っていられるほどの精神力は強靭ではない。加えてその相手が人形のように整った顔立ちとくればなおさら、だ。

「ちょっと、聞いてる?」
「はひ!あ、はい!聞いておりません!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

突然ずいと顔を寄せられたものだから、は驚いて後ろに飛びのいた。がつん、と左足の小指がテーブルの足に激突してものすごい痛みが瞬時に身体を突き抜けたけれど、そこは堪えるしかない。

「別に取って食おうってわけじゃないんだからさ、そんなあからさまに避けなくたっていいんじゃないの?ほら、勉強するんだろ?ここ、座る」

少しだけ乱暴な手つきで椎名は自分の隣の座布団を叩いた。向かい合わせではないのか、とただでさえ緊張して固くなっていたに拍車がかかる。しかし意見することもできず(というか隣に座れることはとても嬉しいのだけれど)、大人しく隣に腰を落ち着かせた。
どこがわからないの、椎名に聞かれても上手く答えることができていたかどうか、わからない。とりあえず肘が当たっていて全ての神経はそこに集中されていた。少しだけかがむようにプリントを覗き込む椎名に日の光があたって、睫毛の影がくっきりとできている。反則だ!は思わずそう叫びそうになったが、椎名が動いたのでなんとかそれを食い止めることができた。



美しい、としかいいようがないと思った。



美人な女の子や、格好いい男の子なら出会ったことがあるのだけれど。
美人な男の子に出会ったのは、初めてで。

――TVの中でしか見たこと無いもん!

2人きりにしてさっさと部屋を出て行った黒川を恨むこと3秒。すぐにその気持ちは感謝へと変わる。願わくば彼のファンにはばれませんように、とは祈った。椎名翼に即日でファンクラブまがいのものが出来上がったことは、飛葉中に通う友人から聞いた覚えがある。恐ろしい話だ。

ってさ、」





名前を呼ばれて肘が落ちた。





「〜〜〜〜〜った・・!あ、はい、なんでしょう」
「・・・・・あんた、馬鹿だよね」
「え!いや否定はしないですけど!それが言いたかったんですか!?」
「うん?いや、違う。なんだっけ・・・の馬鹿っぷり見てたら忘れた」

ひどい言われようだが、そう言いながら椎名が笑ったから、もえへへと笑ってしまった。「さっさと済ませるよ。俺、このあとマサキたちと用があるから」、ぺらりとプリントがめくられる。全ての問題を済ませようと、解き方のポイントだけを整理して教えてくれるのはとてもありがたく、きっとこれが授業だったならば、とても面白いものになったのだろうけれど、今のは正直それどころではなかったので、椎名の努力はほとんど意味の無いものだった。

――マサキさん、あたし、恋、しました。

彼の横顔をじっと見つめながらそんなことを思っていると、公式を書き綴っていた椎名の手がぴたりと止まり、はきょとんとした顔をした。







また、名を呼ばれる。








「僕を見てても、答えは出ないと思うよ」








とりあえず手動かせ、くつくつと笑いを堪えてそう言う椎名を見ても、新たな彼の一面を見れた喜びが、彼に見ていたことがバレていた恥ずかしさよりも勝るのだから、一目ぼれというものの厄介さを学んだ。



とりあえず、黒川柾輝の幼馴染であったことに誇りを持ったでした。


END
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柾輝ってマサキってイメージなんですけどどうですか。
チャットにて出たお題(?)でした!お2人のように上手くまとまらなかった・・!

08年08月09日


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