「今日、あんたのファンクラブから、とんでもない質問受けたんですけど」 タタン、小刻みに定間隔で振動する電車の椅子に二人向かい合って腰かけながら、一人は読書を、一人はぼんやりと窓の外を見つめていた時だった。視線を四角く切り取られた青空へと向けたまま、少女がぽつりと呟いた。文庫本へと意識を集中させていた少年は、ページをめくりかけたまま動きを停止する。それからたっぷり5秒は空けて、顔を上げた。 「誰が、どんな質問をしただって?」 最近売り出し中のアイドルさえも顔負けの可愛い表情をめいっぱい歪めながら少年は言う。長い睫毛のついた眼をぱちぱちと何度か瞬きをする仕草が可愛くて、少女はにこりと微笑んだ。訝しむ少年。 「だから、翼のファンたちに、よくわからない質問を受けたんだって」 これが世に言う愚問かと思ったわ、少女は愉快そうにくつくつと笑う。対して、話し掛けられている際に文庫本に目を通すわけにもいかず、向かい側の流れていく景色をただ何となく見つめる少年――椎名翼は、ひどくつまらなさそうだった。 少し都心から離れたところを、南北に走るこの電車は、区間快速というやつで、通常の電車の席の配置とは少し異なっている。特急列車のそれととてもよく似ていて、ボックス型になっていた。通路を挟んでちょうど隣に腰掛ける老夫婦が、にこにことした表情で二人を見つめている。 「・・・へえ、意外、奴ら、には直接手を出さないと思ってたけど」 意外、と口にした割には特に驚いた様子もなく翼は言った。別に手は出されてないけど、と肩を竦めながら少女――は首をかしげる。コキリ、そんな音を立てた自分の首に、は驚いたらしい、少しだけ目を丸くした。 椎名翼とは所謂恋仲と言うやつで、付き合い始めてからこの1月で半年ほどになる。正確に、お互いが「付き合う」ことを認識したのは夏休み半ばくらいだが、二人でどこかにでかけたり、一緒に帰ることが当たり前になり始めた6月を、付き合い始めた時として考えることにした。 はもともと一匹狼なところがあったし、当然ながら椎名翼のファンクラブ(翼本人はそんなもの存在しないと言い張っているが、あれは誰が見たってファンクラブとしか言いようがない)と仲良くやっていたわけがなく。翼と仲良くなってからは、古典的な嫌がらせ(ただしとても間接的に)を一通り受けたけれど、それをケロリと躱していくに、ファンクラブの方が降参した。ここ2ヵ月くらい、何の音沙汰もなかった。 だから、翼は少しだけその話題に興味を示した。 「何て質問されたわけ?」 面白いものを見つけたかのように目を細めた翼に、も口の端を上げた。 「あなた、翼くんのために死ねるの!?だってさ」 けたけたと、何がそんなにおかしいのか、はしばらく笑っていた。翼は面倒くさそうにため息をついて、視線を文庫本へと戻す。ほんと愚問だね、馬鹿にしたようにそういう翼に、は同意するように、にこりと笑った。 開放された窓から、冷たい風が入り込む。関東育ちの2人は、決して寒さに強い方ではないけれど、仮にも屋外で活動する部活に所属しているわけなので、その風をそのまま受け流していた。寒、小さくそう呟いたのは、だった。その小さな言葉に、翼は返事をする代わりに窓をぱたりと閉じた。機械音だけが響く。 韓国戦近いんでしょ頑張ってね。近いも何も来週だけどね。そうだっけ?この間言っただろ。 他愛もない会話を繰り返す。時折翼の口からマシンガントークなるものが発動されたことを除けば、穏やかな時間だった。 再び沈黙が落ちる。 相も変わらず、朝から同じ機械音を奏でる四角い箱は、3時間乗っても変わらなかった。タタン、眠気を誘うような、心地よいリズムが続く。 「死なないだろ?」 ふいに、翼がそう言った。 すぐにその言葉の意味を理解することのできなかったは、きょとんとした表情で、向かいに座る翼の顔を見つめていたが、やがてふわりと笑った。 「死なないよ。死ねるけど、死なない」 それこそ愚問じゃない、とがいたずらっぽく笑いながら言うと、翼は愛しそうに笑って、バーカ、と呟いた。七色のガラス玉を通ったように、不思議な色を放ちながら、太陽の光が舞い込んで来る。その光に反射する、少しくせのついたふわふわの髪が、さらりと靡いて翼の額の上を滑っていく。「可愛いなぁ」、手を伸ばしてきたに、翼は何も言わなかった。 |
END ++++++++++++++++++++++++++++++++++ 企画提出作品 ありがとうございました! 07年12月31日 |