転校生は私の今までの人生のどの地点にも現れなかったタイプだった。








unheard of prince








ある日、椎名翼は、私、のいるクラスに転校してきた。
小学校では転校生など、別にそこまで珍しくなかったものの、中学にあがるとその数もめっきり減ってしまったので、転校生が来る、と聞いたその日は、いつもは面倒くさがって朝のHRなど真面目に出ない連中までもが綺麗に全員揃っていた。その日日直だった私は担任の所に日誌を取りに行っていたため、遅れて教室に入り、その異常な様子に顔をしかめた。

「何、あんたたちいるなんて珍しいじゃん。」

とりあえず後ろの席に座っている畑と井上に聞いてみる。
いやでも目立つその二人は不良ということでこのクラスのほとんどが関わらないようにしていた。
私にはそんなことは関係ない。残念ながら幼馴染みも不良と呼ばれる部類の人なので。

「たまにはちゃんと出てやろうと思って。」
「嘘つけ。どうせ転校生見たかっただけでしょ?」
「わかってんじゃんかよ、さすが。」
「何それ褒めてんの?」
「当たり前やろー?」

そこで下山が、あのいつ聞いても不快な声で、お前ら席つけー!とかなんとか言いながら入ってきたの
で、話は途切れた。
誰も立ってなんかいねーよ。
そんな畑の声に心の中で、ほんとだよ、と賛同する。
こら!静かに!さらに下山はそう言う。
後ろで今度が井上が、お前が一番うるさいっちゅーねん、と言った。
私からしてみればあんたら二人もさっきからうるさいんだけど、とまた心の中で呟いた。

「転校生の椎名翼くんだ。なんと麻城中学からの転校だ。」

女の子の黄色い声が教室を包む。
それに紛れて男子の低い声が所々聞こえた。
おそらく、自分たちと同じ生き物だと認めたくないんだろうな・とどうでもいいことを考える。
でも確かに彼は、女の私でも驚いてしまうくらい整った女顔で、(本人は怒るだろうけど)本当に可愛い少年だった。いじめられそー、とさして興味を示さない頭で私はそう思った。

すると案の定。

「来るとこ間違えてんじゃねぇ?TV局へでも行けよ。」
「せやせや、自己紹介代わりにそこで踊ってみせろや。」

しかもお前らかよ!
心の中でしっかりとつっこむ。
前に立っている椎名を見ると、少しだけ驚いた顔をしていた。意外だ。
あんな不良どもに初対面からいきなりからまれたら誰だってもっと驚くと思ったのに。

「井上!畑!静かにしろ!」

下山が彼等に注意する。
ちらりと後ろを見てみたが、反省している感じはまるでなかった。
にやにやと、何を考えているかわからない、意地の悪い顔を浮かべている。

「ふーん」

前にいる椎名が何の前触れもなく口を開いた。
その表情は後ろの彼等と対して変わらず、何か思い付いたかのように楽しそうに口の端をあげている。
それでも奴らよりも大分品のある笑みに見えたのは育ちがいいかからなのだろうか。それともやはり容姿のせいか。私がそんな下世話なことを考えていると。

「君ら、サッカーやるの?」

おそらく彼等の席の横にかけられたサッカーボールを見て、椎名は言ったのだと思う。サッカー以外、とりえがないから、と私は言ってやりたくなった。けれど、私が言うよりも、二人がその質問に答えるよりも早く、椎名は次の言葉を紡いだ。


「どうせ君らが得意なのはデカい図体にものいわせた脳みそこれっぽっちも使わないパワフルバカプレーだろ?賭けてもいいぜ。君らがタバになってもぼくには勝てやしない。」










「ぼくは天才だからね。」










言っちゃったー!!!
この人!この人自分で天才って言った!!!
、生まれて初めてこんなに大勢の人の前で天才宣言を出した人間を見ました。
二人が貶されたことよりもむしろそこが気になってしまいました。

我に返って後ろを再び伺うと、二人とも鳩が豆鉄砲をくらったような、なんとも言えない、間抜けな顔をしていた。とりあえず、目の前で手をひらひらと振ってみる。

「てめ!」
「っんだとコラ!」

次の瞬間にはもう立ち上がり、周囲の机をガタガタ言わせながら椎名に向かって吠えていた。
下山が一応注意はしたけれど、そんな行為は何の意味もなさない。びくつきながら、出席簿を盾にして注意するその姿は、ドラマによく出てくるような、典型的なダメ教師の姿だった。そんな様子を見て私は小さく溜息をつく。

「弱いやつほどよく吠えるってね。何なら証明してやってもいいんだぜ。どうする?」

さらに挑発するような椎名の態度に私は少なからず呆れた。あんな奴ら煽ったって何にもならないのに。
畑はそのまま黙りこみ、井上はけっ、と苦し紛れにそう言った。このまま教室から出て行きそうだなと思っていると、案の定、二人は止める下山に悪態をつきながら扉を乱暴に開けて出ていった。
クラスの人たちは相変わらずそんな二人を怯えた視線で見送っていた。
下山が椎名に彼らと椎名は違うのだ、と説得している。椎名の様子だと、そんなことは気に止めていな
いようだ。良い人そうだな、と私はぼんやり考えた。























放課後、部活を終え、家に帰ると母が、これちょっと持っていってよ、と昨日作ったらしいパウンドケーキを片手に玄関に立っていた。

あんたは娘がいつ帰ってくるのかわかってるのか?

ささやかな疑問を抱きつつ、夕食後の皿洗い免除を条件に私はそれを承諾した。
といってもそのケーキをお届けする家はお隣さんなのだけれど。

体育の時間、井上が椎名に勝負を挑み、こてんぱんにやられたと聞いた。
幼馴染みにつきあって、一緒にサッカーをしたことのある私は井上の実力がそれなりにあることは知っていたので、友達が、まったく相手になってなかったよ、と言った時、正直少し驚いた。椎名に惚れ込んでいる彼女の話だから少し誇張表現があるのかもしれないけれど。

?うちに何か用か?」

インターホンを押す直前にそう聞こえ、私は慌てて手を引っ込めた。
後ろを振り返るとそこには幼馴染みかつ今私がお届けものをしようとしている家の息子である黒川柾輝が立っていた。ちょうどよかった、と言おうとして違和感に気付く。
柾輝の後ろからひょっこり現れたのは今朝の自称天才転校生の椎名翼だった。

「あれ。柾輝、あんた椎名と知り合いだったっけ?」
「さっき知り合いになった。」
「ってかあんた何その怪我。またヤクザにでも絡まれたの?」
「またって何だよ。大体今回のは俺のせいじゃなくてナオキの責任。」
「一緒にいたんでしょ?連帯責任ってヤツじゃなくて?」
「ちょっと。人を無視して話を進めないでくれる?」

言われてやっと、私と柾輝は椎名に視線を移した。
相変わらずまつげ長いし美人だなぁと思わず見とれてしまった。


「男だぞ?」


思考を柾輝に読まれたらしい。
にやにやと今朝の井上たちのような意地の悪い笑みを浮かべながら柾輝は言った。

「知ってるよ。うちのクラスだもん。」
「そうなの?」

そう言ったのは柾輝ではなく。

「・・・・・・今傷付いた。」
「そんなこと言われたって今日一日でクラス全員覚えられるわけないだろ。」
「・・・・・・・・・・・・・私今日日直だったからあなたのこと移動教室の度に案内したんだけど。」
「あぁそういえば。ごめん、興味ない人間はなるべく覚えないようにしてるから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「冗談だって。何、本気にしたの?」
「柾輝!何このやたらいちいちつっかかってくるあなたのお友達は!」
「そんなこと言われても。」

勢いにまかせて柾輝につめよった私を制しながら、彼は、立ち話もなんだし、中入れば?と言った。どうやら昨日のうちから母は柾輝のうちに電話で、今日私がケーキを持っていくことを知らせていたらしい。おふくろが茶煎れとくって言ってたぞ、とさらに付け足した。









「ふぅん。椎名サッカーそんなに好きなんだ。」

私の母が焼いたケーキと柾輝のお母さまの煎れたお茶を前に私は、椎名と柾輝が知り合った経緯を聞いていた。なんだか普通ではない出会い方だったけれど、そんなことよりも玉蹴り遊びと言われた、とか、サッカーボールを切り刻まれた、と本気で怒りながら話す椎名を物珍し気に見てしまった。喧嘩の原因もそこにあるらしい。

「愛してるから。」
「へぇ。」

流した。

元々、私と柾輝は同じクラブチームに所属していた。
私は小学校3年生の頃にバスケットを習い始めた関係でサッカーはやめた。女の子であるが故に不利な点はいっぱいあったし、バスケもそれなりに楽しかったから、やめることにそんなに抵抗はなかった。
2つあったから、性別を理由に片方諦めることになっても、大してショックを受けなかったんだろう。
私がやめて半年後に柾輝もやめた。ハダに合わない、とかなんとかその歳の子供にしては妙に大人びた理由を言っていたのを覚えている。

「あんた、サッカーやってたんだろ?何でやめたの?」
「バスケの方を本格的にやろうって決めたから。両方続けてどちらかが疎かになるのは嫌だったの。」
「そうだったっけ?」
「そうだよ。柾輝には一番にそう言ったじゃんか。」

すっとぼけて首をひねる柾輝に私はそう言った。
私も柾輝が言ったこと全て覚えてるわけじゃないけど、ここは覚えておいて欲しかったな、とがらにもなく乙女チックなことを考えた。











「二人は付き合ってるわけ?」











「「・・・・・・はぁ?」」

椎名の突然の問いに私と柾輝はまったく同じタイミングでそう言った。
こんなところでシンクロしてもまったく嬉しくないけれど、とりあえず私と柾輝は幼馴染みなんだなと無駄に実感した。関係ないだろとかいうつっこみが聞こえる気がするけど気にしない。

「違うみたいだね。」
「初めて言われたよ。」
「よく言うよ。部屋に上がり込んでおいて。」
「もうほんとにむかつくなあんた!」

椎名の物言いに私は再び切れた。
机を思いっきり叩いた時の振動で上にあった食器がかちゃかちゃと音を立てて揺れたけど気にしない。
机の上に載っていた小物がいくつか落ち、柾輝が溜息をついたのでそれについては一応謝っておく。

は勝手に上がり込んでくるけど、俺はこいつの部屋になんか行かねぇぞ?」

さも心外だと言わんばかりの表情でそう言った柾輝。

その私を当たり前のように部屋に入れてる時点であんたも私とさして変わらない気がするんですけど。

「部屋に入れてる時点でどうかと思うけど。」

私の心の代弁を椎名はした。
ふわふわとした髪をかきあげる。その細い腕を見て、井上は本当にこいつに投げ飛ばされたんだろうか、と疑問に思った。口に出したらまた何か言われそうなので言わないけれど。

「あー確かに。」
「認めるのかよ!」

つっこみ担当のでございます。

そんなアナウンスが自分の頭の中で綺麗に流れた。
おかしいな、柾輝はつっこみのはずなんだけど。










「っていうかならさ、俺があんたをもらっても構わないわけだよね?」










にっこり。

そんな余計な文字まで見えた。

「・・・・・・・いやいやいやちょっとまってなんでまたそんな展開に。」
「気に入ったから。」
「私はあなたみたいなナルシストは嫌です。」
「実際にそうなんだからしょうがないだろ。」
「しょうがなくねぇよ。」

柾輝を見れば腹を抱えて笑い転げていて。
助けを求めようと振り返った私はこれではきっと何を言っても無駄に違いないと諦めた。
再び椎名と向き合う形になる。
何か不都合でも?と阿呆みたいなことを言い放つ彼に、私は盛大に顔をしかめた。

「私は柾輝の方がいいもん!」
「え、何お前俺のこと好きだったの?ごめん。」
「馬鹿ー!」

少しの迷いもなく何当たり前に謝ってんのよ!そう言えば柾輝は、いやだって俺お前のこと好きじゃねぇし、と一言で再びばっさり。

「ほら、諦めな。」
「うるさいわよ椎名!私はあんたに比べれば柾輝の方がましだって言ったのよ!」
「ましって何だましって。」

お決まりのセリフを言った柾輝に私は側にあったクッションを投げ飛ばした。見事にやつの顔面にクリーンヒット。よしオーケー。すっきり。

「まぁいいや、は絶対に俺のことが好きになるだろうし。」
「なんないわよ!柾輝も何か言ってやってよこの阿呆に!」
「ごめん、何もしてやれなくて。」
「謝るなーーーーーーーー!!!!!しかもなんだその謝り方!!!!!!」








最悪な三角関係がスタートした。



END

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あまりに笛!を読んでいないため、いまいちキャラがつかめてない・・・(どーん)

06年1月30日


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