光が見える時までのお話。











still.










そろそろ寒くなってくる今の気候に合わせるように生徒たちの中にはマフラーを巻いたりと、防寒対策をするものも少しずつ出てきていた。
学校内でもスカートの下にジャージを履く人が出てきたくらいなので、当然、外の空気はひんやりとつめたい。

そんな中、ただ一人、半袖短パンという場違いな格好をした少女がひとり。

いくらここが教室で外よりは気温が高いといっても半袖でいられるほど穏やかな温度ではない。
それを見て呆れを含んだ微笑を漏らした少年がいた。

。お前相変わらずそんな格好してるわけ?」

少年ー黒川柾輝ーは少女ーーにそう声をかけた。
はゆっくりと、面倒臭そうに自分の呼ばれた方向へ振り返る。
自分を呼んだ少年の姿を確認するとすぐに興味なさそうにまた視線を元の位置に戻してしまった。

「無視かよ。」

言いながら柾輝はの隣の席に腰を降ろした。
の席はちょうど廊下側の一番後ろで、少し薄暗いけれど、壁からでっぱった銀の柱のようなもので仕切られているみたいになっていて、授業をあまり聞いていないにとって、とてもありがたい席位置だった。
今もちょうど、聞いていなかった今日の分の授業のノートを友人から借りて写している最中だ。

「また聞いてなかったのか、お前は。」
「うっさいな。あんたみたいに授業出ない奴よりましだっつーの。」
「授業放棄してりゃ、さぼりと対して変わんねぇだろ。」

そう言うと柾輝はが写し終えた分のルーズリーフを、顔の高さまで持ち上げ、ひらひらとさせた。
赤と黒の2色だけで書かれた文字の羅列を対して興味なさそうに見上げる。冷たい秋の風が吹いて、その紙をさらにはためかせた。

「お前これ写してその後役立ってんの?」
「御心配なく。柾輝と違って私はかなり優秀な生徒ですから?テスト前とか大活躍ですよ?」

柾輝の顔も見ずにしれっとはそう言った。最後のページを書き終えたらしいは、簡単な礼の言葉を付箋に書き記すと、それをノートに貼り、半ば投げるようにしてノートをその持ち主の机に置いた。その反動で開いたノートを風がぱらぱらとさらにめくる。柾輝がそれをぱたんと勢いよく閉じ、上からその机にあった教科書をのせた。今度は教科書がぱらぱらとめくられる。

「何でノート閉じたの?教科書は閉じないの?」
「普通自分のノートが開いた状態で置いてあったら嫌だろ。」
「そんなもんですかね。」
「そんなもんだよ。」

はふぅんと一応返事を返した。
思いっきり伸びをして立ち上がると窓際へ行き、そこから下に広がる校庭を見下ろす。学年カラーのジャージを着た生徒たちの声が羽香たちのいる階まであがってきた。彼女はしばらく、何かにとりつかれたようにぼぅっと校庭を見つめていた。

「見てないで部活いけば?せっかく着替えたんだし。」
「見てても修行。」
「・・・・・・・は?」
「昔仏教道では、仏像やお経をただ見てたりするだけでも修行って言ったらしいよ。」

知らないの?とが柾輝に言った。柾輝が、お前の思考回路ってちゃんと繋がってんの?と聞いてみれば、から、握っていたボールペンを思いっきり投げ付けられた。

「だから私も見てるだけで足速くなったりしないかなーとか思ったんだよね。」
「そしたら今まで死ぬ気で練習してきたお前の努力は無駄になるな。」
「だよね。」

それまで黙ってひたすら見ていたがそこでやっと窓際から離れて柾輝を見た。

「それにもし見てるだけでも速くなるとして、それってきっと限界があるから結局は自分で努力するはめになりそうだよね。」
「そうだな。」

うわーと対して感情の籠ってない声では言った。そう言って柾輝を見れば、ちゃんと自分の方を見て話をしていてくれたようで、羽香は何だかわからないけど安心した。ぼんやりと、柾輝を見る。何だよ、と言われても全然見るのをやめようとは思わなかった。色気があるーとが柾輝に告げてみれば阿呆、と一蹴された。今度は柾輝が窓側に寄って、下を見下ろす。

「行かないってまずくねぇの?」
「まずい。」
「行けよ。」

さらっと言ってのけたにすかさず柾輝がつっこみを入れる。
えー、と抗議の声をあげたは柾輝が本気で呆れて自分を見捨てそうだったので、しぶしぶ部活に行く準備をしだした。外部活に所属しているにしてはあまりに白くて細い腕で教科書を一冊ずつ鞄に入れているを見て、柾輝は、うさぎみてぇ、とどうでも好いい事を考えていた。。

「ちょっとぐらい手伝ってよ。」
「何でも1人できる大人になって欲しいから。」

窓に寄り掛かったまま柾輝は笑顔でそう答えた。

「サッカーと一緒で1人じゃできないことがいっぱいあるんですー。」

わけのわからん事を言ったを柾輝はほとんど相手にしないでもう一度窓の下を見下ろす。

「俺も努力しとくべきなのか?」
「柾輝はまだいいよ。変わりに私がしとくから。」
「いやいい。そんな無駄なことしてくれなくて。」

あきらかに流そうとした柾輝にはもう一度先程と同じボールペンを投げ付けた。

「真面目な話なんですけど。」
「何、そうなの?」
「そう。」

最後の一冊を鞄に詰め込むと、はその鞄を手に取り、柾輝がいる窓から2個先の窓に向かい、閉っていた窓を開放した。真っ黒な長い髪が窓を開放したことによって入ってきた風にさらされてゆらゆらと、一定のリズムで綺麗になびいた。
ゆっくりと柾輝の方を振り返り、まっすぐ目を見ては言う。



「人は人生で何度も我慢しなきゃならない時があるんだって。今はまだその時じゃないからじっと耐えなきゃならない時が。」



「柾輝はたぶん今そんな時期にいそう。」
「いそうって何だよ。」
「勘。」

そうが言うと、よく柾輝が羽香に見せる、あの呆れを含んだ表情で彼は笑った。

「勘かよ。」
「勘だよ。」

つられても少し笑った。
滅多に笑わないと言われている彼女が唯一よく笑いかける、少年。

「だから焦ってサッカーの技術を学んだりー場所確保に励んだりしなくてもーきっといつか柾輝が堂々とサッカーできる日がくるよーって話。」
「はぁ。」
「ちなみに私も今は耐えねばならん時期だと顧問に言われた。」
「さっきの話は受け売りってことか?」
「うんまぁ、言ってしまえば。」

じゃー私部活行くね、と言いながらは側にあったシューズケースを拾い上げ、そのままドアへ向かった。柾輝が頑張れよ、と言うと、適度に頑張ってきます、という返事が返された。

「そんな感じだから柾輝はさっさとどっかの馬鹿共と遊んで来るがいいよ。」
「馬鹿共ね。」
「そう。あいつら。」







「心配しなくてもそろそろ柾輝には光が訪れそうな予感がいたしますので。」







それじゃねー、と手をひらひらさせるとは教室から出ていった。
光ねぇ、と柾輝はどうでもよさそうに呟いた。














これは椎名翼が飛葉中に転校してくる、1ヶ月と少し前のお話。












END
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我慢しなきゃならないんだよ、ってのは私がよく顧問に言われる言葉です。
「お前は我慢して皆についてかなきゃならないんだ。つらいのはよくわかる。けどここは頑張る所だろ?」って。

無理です。

だから頑張ってる少年たちが大好きです。かっこいいですよね。

05年11月07日


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