「買い物に行きたいんだよね」

何日か天気の悪い日が続いた直後の晴れた日だった。午前のうちにトレーニングを済ませて少し遅めの昼食を取るべくラビが食堂へと向かうと、一人の少女がひらりと手を挙げた。ジェリーにスパゲティを頼み、相変わらずの早さと出来で渡されたそれを受け取ると少女の元へと向かった。ラビが向かいに腰を降ろしたのとほぼ同時。

「・・・え、は?何?買い物?」
「そう。ちょいとロンドン辺りまで」
「っつか休みなん?」
「めずらしく一日ね。次いつ休みもらえるかわからないから、行けるうちに行っておきたいの」

だから着いてきて、持っていた銀色のフォークでラビを指しながらは気だるそうに言う。買い物に行こうとしている割にはテンションが低い。理由をラビが問うと「夜勤明けなのよ」と恨めしそうに睨んできた。それでも行こうとするのだから女の子の買い物にかける情熱は謎だ。

「どうせなら同い年で買い物好きなリナリーと行ったらどうさ?」
「任務」

もうどうやら聞いた後だったらしい。

の所属する科学班はエクソシストよりも遥かに多忙で、基本的には約束された休暇がない。仕事がさっさと片付けば休めることもなくはないが期待はしない方が良いだろう。
そんなわけでこの千遇一在のチャンスを逃すはずもなく。は買い物に行く決心をしたらしかった。

「っていうか何で俺が行く必要あるんさ?」
「荷物持ちと、あと行き帰りが楽だか、」
「イノセンスは使わねえぞ」

聞き捨てならない言葉をさらりと吐こうとしたを切り捨てた。神田並の美人が何かとんでもなくひどいことを口走りかけたことに少なからずショックを受けたラビだったが、その本人が変人代表のコムイさえもが不思議と形容する少女なのだから仕方がないとすぐに立ち直った。
冷たい石でできたテーブルをこつこつと叩きながらは何やらぶつぶつ文句を言っている。さらりと髪を揺らして首を傾けた彼女の目には不満の色が現れていた。

「ラビのケチ。馬鹿。大嫌い」



「まあラビはそういう人間ですから諦めるしかないんじゃないですかねぇ」



まず入り口から見て真正面に。その前にラビ。そこからさらに視線を右側にずらすと、自身が隠れるほどの食料を持った、白い少年。

「・・・さりげなく失礼なこと言われた気ィすんだけどそれ見ると反論する気も失せるっつーか・・・」
「なんですかラビ、何か言いました?」

別に何も、ラビは視線を泳がせて呟く。
アレンとが会話をする様は目の保養になるけれど如何せん今回の場合は内容がラビに対する不満なのだから見ていてもあまり気持ちの良いものではない。「ラビって心狭いよね」「ラビですからね」こんな感じだ。よくよく聞けばすべてを、ラビですから、で済ませるアレンの方がひどいような気もするが、実際言葉を発しているのはなのだからに対する軽い殺意がラビの中で芽生えたのは自然の摂理だった。

「だぁっ!もうぜってーついていかねー!」
「なんでよっほんとに心が狭いわねっ!」
「いや明らかにの言葉に問題があっただろ!」

ラビが言い返すとはにこり。「でも結局ラビはいつもついてきてくれるよね?」、ぐっと言葉を2〜3秒飲み込んだラビだったが、とにかく今回はいかねーから!と言い切った。
なんだかんだでとラビは仲が良い。教団に入団した時期が近いからかもしれないが、何かと一緒に行動することが多いのだ。
加えてはなかなかの美人で、しかもラビのストライクゾーンにさりげなくいるのである。だから今回も一言ごめんと自身の口から聞ければ許してやろうとラビは思っていた。実際に、あと少しではその言葉を述べたに違いない。だが。





「じゃぁラビ、僕が代わりに行きますよ」





天使の顔した少年が静かに微笑みながら予期せぬことを宣った。
ラビは付いていかないと言った手前、その意見に真っ向から反論する術を持たない。かと言ってこのままアレンがについて買い物に行くのを見過ごすのもなんだか癪で。

「や、でも、ほら、甘やかすのはよくないさ?」
「日々甘やかしてきたのはどこの誰です?」
「あー、アレンだって用事があるっしょ?」
「ないです」
「いや、ほら、」
「うっさい黙れ」

撃沈した。

ラビの目の前の少女はあっけらかんと「んー、ラビだと行き帰りが楽なんだけどなーでもまぁアレンでもいっか」とあっさり己の意見を変える始末。どうやら今までラビを必ず買い物に誘っていたのは本当に行き帰りでの利点を考えていたかららしい。神田やリナリーをラビが誘おうとするといつも「増えると大変だから」と言っていたのも、主語はラビだったようだ。
ラビをそっちのけでにこやかに今日の予定を決めていく二人の様子を、ラビは黙って見ていることしかできなかった。会話に入ろうものならばっさりとアレンに切り捨てられる、「何か?」、見栄を張って行かないなどと言うものではないと今更学習してみてももう遅い。



「じゃあ行ってくるね」



人の気持ちも知らないで無邪気な笑顔を向ける科学班最年少少女と、



「おとなしく留守番しててくださいね」



作り物のように整えられた微笑みを浮かべる少年と。



ああ神様俺が一体何をしたというのですか!
(見栄を張ったのがお気に召さなかったのか!)(見栄を張る?そんなのいつもじゃないか!)







12345キリ番ゲッター架琳さまへ捧げます。

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