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ペンキで1色に塗りたくったような青い空が広がっている。上を見上げると、終わりがないのではないかと思えてしまうほどの広い空。ひりひりと、ともすれば痛覚とも取れるような北風を頬に感じる季節がやってきた。
クリスマス以外は外になんて出たいとは思えない、寒い季節。
人々が身に纏う服の色も、なんだかモノトーン色が多くなり、華やかさにかけるのも引きこもりがちになる要因の1つなのかもしれない。木々だって、夏のように青々とした葉や、秋の紅葉のような紅や橙の葉なんて残っていなくて、見るからに寒そうな姿へと変わっている。

だからこそラビは、任務先の広い庭園のど真ん中で、大の字になって動かない少女を見つけたとき、あれは死体なのではないかと思った。そうだったら処理がめんどくせぇな、見なかったことにしようかななどと限りなく物騒なことを考えていると、その少女の右手が高く上がった。
ひらひら、手招きをしている。

「何してんさ、風邪引くぞ?」

ざくざくと霜柱の降りた土の上を無遠慮に歩いて少女の元へ向かうと、覗き込むようにラビは言った。影を落とされた少女は、一瞬だけ目を細めたが、すぐにもとのくりくりとした目に戻して、首を右斜め45度に傾げた。

「別に特に目的があったわけじゃないんだけど、」

空が青いから、そう続けた少女の言葉は何故か二重奏になっていて。
ラビが呆れた顔をしながらその言葉をなぞったかららしい。

「お前馬鹿?」
「よく言われる、アレンに」
「ユウは?」
「言われるけど、あの子だけには言われたくないから」
「そうさね」

それに馬鹿は風邪引かないらしいしお得じゃん、少女はかすかに笑いながら言った。
どこかで何かを煮込んでいるらしい香が風に乗ってやってきて、二人の鼻をくすぐった。そろそろ、夕飯の準備に取り掛かる時間なのだ。それすなわちイコール。

「・・・・・・・・・寒」

ラビが呟いた。

「そのマフラーにでも顔うずめとけば多少マシなんじゃないの」
「お前はここで自分の身を冷してまで探しに来てくれた俺を思って帰ろうかとかそういう言葉は出てこないんか」
「これでも大分優しさ最上級で接したつもりなんだけどね。どうせ帰らないであろう君のために、せめてもの暖の取り方をアドバイスしてあげたんだからさ」

少女は視線を青空から動かさずに小さく息を吐く。白く形成されたそれは、2秒もしないうちに溶けて消えた。ラビはもう完全に冷え切ってしまった己の指先を暖めるために両手をポケットにつっこむと、少女の隣にどさりと腰を降ろした。隣の彼女が見つめる先と正反対の方向へ視線を落とす。コンクリートで舗装されている薄汚れたブロック煉瓦が先へと続いていた。



少女が青空を恋しがる時、彼女の精神状態がどうなっているのか、ラビは教団へ入団してから少しずつわかり始めていた。



それこそ、幼いころから共に育った神田やリナリーのようにはいかないけれど。





「ノアの一族が人間であることが、そんなにショックなん?」





婉曲表現などもちろん使わずに、真正面からそう聞くと、一瞬だけ少女の表情が強張った。んー、と間延びした声で考えるように呟いてから少女はゆっくりと顔を上げる。

「自分では、そんなにダメージ受けたつもりじゃなかったんだけどね」

神田とリナリーに心配されて、ラビに気づかれる程度にはショックだったみたいですよ、少女は肩を竦めるような仕草をしてみせた。
一層強くなった北風が、座るラビのちょうど後ろから吹き付けて、背中をぐいぐいと押した。まるでそこから追い出そうとでもしているかのような強さに、ラビは身震いをしながら眉をひそめる。
隣の少女を盗み見ると、再び視線を青空へと戻していた。

少女曰く、少しでも気分が下降気味の時に青空を見上げると、それだけで気分が晴れるのだという。

ラビが、どこの国のおとぎ話のお姫様だお前は、とつっこむと、あたしも思った、と真顔で返された。

「まぁ、あたしはまだ救いようがあると思うけど」

じっと空を見つめながら少女は言う。





「アレンこそ、大丈夫なのかな」





ぽつりと呟いた少女のその一言に、ラビは、あぁ、と一人納得したように空を仰いだ。



それが、原因だったわけだ。



他人に心配させておきながらそれを伝えることを許してはくれない少年がいるから。





自分は大丈夫だと少女は錯覚してしまうのだ。





ラビはできることなら今すぐにでも横で寝そべる少女を殴ってやりたいと切に思った。そうすれば、今こうして子供でさえも遊びに行くのを躊躇ってしまいそうな凍える日に、外で何時間も寝そべるなんていうことを、考えなくなるのではないかと思ったからだ。

こういう時に、あのやたらと無愛想な黒髪パッツン日本男児と笑顔が素敵なチャイニーズ美少女はどうやってこの少女を慰めるのだろうと、僅かながらに考えて、それはとても意味のないことなんだと自覚した。
慰めるとか、そんな高度なことをするよりも前に、そもそもの問題として、少女は自分には心を開いていないことを思い出す。



まずはそこから始めなければならないのだということを改めて思い知らされた。



普段馬鹿みたいに騒いでいるのは別に彼女に近づけた証拠ではなくて、ただの自己満足で。
ならいっそ壊してやろうかとも思うけれど、神田ユウとリナリー・リーを失うなんていう大きな代償を払うのはごめんなので、それは天と地がひっくり返ったってラビにはできない。
ラビよりももっと遅れて少女の世界に入り込んだ白い少年でさえ、こんなにも少女の心を占めているというのに(ただし、その少年のようになるのはラビはごめんだけれど)。

ならば。

もう帰るか、大きく伸びをしながら起き上がった少女を後ろから、











名前を呼んで抱きしめた。
少しでも、少女の心が温かくなるように、いつか見た木漏れ日のようにそっと照らせたらいいな、なんて柄にもないことを考えている自分がいて、ラビは思わず苦笑した。

「おとぎ話仲間だ、俺ら」
「は?ラビ、大丈夫?寒さで実はおかしくなってるでしょ」







夏林川緑さまへ捧げます。

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