さんと神田って、恋人同士に全然見えないですよね」

今思い出したとでも言わんばかりの唐突さとどうでも良さを伴って、アレンの口をついて出てきた言葉に、私は思わず箸を止めた。形のよい、綺麗な卵焼きが机にぼとりと落ちる。もったいな!自身が発した質問よりも卵焼きが落ちたことの方が彼にとっては重要だったらしい、素っ頓狂な声があがる。
しかし私は何の反応も返さなかった。否、返せなかった。

「・・・・・・は?」

たっぷり15秒ほどの間隔を空けても、出てきた言葉は間抜けな一文字だった。今なんて言った?おそらくそんな顔をしていたのだと思う。

「え、だからその卵焼きが、」
「違う、その前」
「ああ、だから、さんて神田と付き合ってる感じが全然しないですよねって話」
「ちょ、何それどういう意味よ!」

今度はウインナーが落ちた。アレンは相も変わらずそちらに気を取られているらしく、私に対する返事は適当に流された、「なんかそうっぽいですよね」、どういう意味だかさっぱりわからない。

「普通恋人同士がすることを、二人はやらないじゃないですか?」
「・・・・・・例えば?」
「一緒にご飯食べたりーさんが神田にご飯作ってあげたりー膝枕してあげたり?」
「どこの少女漫画だよ」

まぁそういうのを抜きにしてもですよ?何もないじゃないですか、さくりと勝手に私のレタスにフォークを刺しながらアレンは言う。ようやく興味の対象が食料から自分で振った話題に移ったらしい彼はその後もしばらく、神田と私が他の人とどう違うか語っていたが、今度は私の方が興味を削がれたように生返事になっていた。

あぁ、そっか知らないんだ。

私は隣で延々と語る彼を軽く視界に入れつつも、妙に納得したような顔で適当に相づちを打っていた。

さん、それでいいんですか?」
「いいよ別に。大体ベタベタベタベタしてたら神田じゃないし」
「神田じゃないとかそういうのはぶっちゃけどうでもいいんですけどもね?」

女の子はもうちょっと夢見てくださいよ、割と自分勝手なことをアレンは言う。大体私にそれを求めるのは間違ってんじゃないかと反論すると、若い女の子はとリナリーしかいないじゃないですかと返された。

確かに。

これ以上この話を続けるのも何だか馬鹿らしい気がしてきて、私たちは無言で食事を再開した。無言だけれど、アレン側からはやたらとにぎやかな音がする。音の正体はわざわざ確認するまでもなく明白だったので、私は視線すら動かさなかった。
それから約10分後。食後のデザートに差し掛かったところで、食堂の入り口が何やらがやがやと騒がしくなった。私とアレンのいる席は、食堂の隅の方で、彼らの話し声はノイズの入ったラジオ番組のように聞き取りづらかったけれど、かろうじて重要なところだけは聞き取ることができた。



「・・・・・・帰ってきたみたいですね、コイビト」



そう、アレンは呟いた。
コイビト、の部分が何やら含みのある言い方だったがここは敢えてつっこまないでおく。

「みたいですね」
「真っ先に会いにきたり、しないんですか」
「しないですね」
「ふぅん」
「何か言いたいことあるならはっきり言えっての」

そう呆れるように言えば、別に、と可愛くない一言。少しだけ腹が立ったので、まったく同じ口調で、ふぅん、と返してみたけど効果なし。最後の抵抗として、アレンの目の前に積み上げられているみたらし団子のタワーからひとつそれを拝借した。これが一番効果があることくらい、教団内の誰もが知っている。







返せと迫ってくるアレンを、後ろから遠慮なしに引いた人物が、私の名を呼んだ。

「あれ、神田だ、お帰り」

軽く手を挙げるような仕草をして彼に挨拶すると、短い返事が返ってきた。久しぶりに会った彼はやっぱり少しだけ痩せていて、どうせまた面倒臭いとかいう理由で食事をロクにとっていないであろうことが窺い知れた。アレンが何か言っているけれどとりあえず無視の方向だ。

「任務どうだった?」
「別に。お前等科学班が考えていた通りだった。それよりも、」

コムイが呼んでたぞ、そう彼は続ける。私は五十音最後の音をやる気なく延ばしながら立ち上がると神田に礼を言った。
神田もどうせ報告しに室長んトコ行くでしょ?半ば確信したような口調と目線でそう言うと、非常に嫌そうに眉をひそめながら彼は頷いた。
アレンにあっさりと別れを告げる。返事の代わりに、ほらやっぱり、などという言葉を彼は述べた。神田が隣で疑わしげな目で私を見ていたが、説明するのが億劫だったために適当に流しておいた。

かつかつと、私の履くヒールが床にぶつかる度に一番大きな音となって耳に届く。隣を歩く神田の足音は驚くほど静かだ。

私と彼の距離、50センチ。

他人にしては近くて、恋人にしては遠い、そんな距離。

その距離を崩さずに私たちは歩いていく。あるのは沈黙だけなのに、息苦しいとも冷たいとも感じないのは間違いなく隣にいるのが神田だからだ。むしろ会話が弾むほうが空気が冷めてしまうかもしれない。

扉を開けて部屋へと入る。呼び出しておきながらコムイ室長は外出中らしい。勝手知ったる室長の部屋をばたばたと歩き回って、どうにか埋もれた椅子を発見した。座れば?私の提案はものの見事に無視された。ため息をついて、報告書のファイルを探そうと棚に手をかけた時だった。



ふわり。



温かい感触と共に後ろへ引き寄せられて、倒れるように重心が崩れ落ちた。神田の腕の中にいるんだなということは確認するまでもなく。



「・・・神田?」



呼んでも彼から返事はない。





「ユウ」





たった2文字のその言葉をゆっくりと舌に乗せると、一瞬だけ腕の力が緩くなる。
その隙を突いて振り返り、首を少しだけ右斜めにずらして神田の顔を仰ぎみると、すぐにまた彼の腕の中へと戻されてしまった。

恥ずかしいならこんなことしなければいいのに。

思っても口に出すことはしないけれど。
こうやってたまに見せるその動作を、どんな思いで、どんな表情でしているのかが気になって、何度も覗き込もうとするのだけれど、その度失敗。
代わりに私の腕今回も潔く諦めて、も彼の背中へと回しておいた。
コムイ室長が戻るまで、あと少し。



う一人のアリス



(ねぇアリス、一度だけ、あなたの顔を見せて)



ミウさまへ捧げます。

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