さんってさ、友だちが多いっていうより知り合いが多いだけだよね」

 空だけは爽やかなブルーで、だけどその他全てが死んだように緩んでいた昼休み直後の社会の時間、睡眠学習をしている者が多い中大人しく問題集に向かっていたに向かって、机に突っ伏した体勢のまま突然折原臨也は言った。
 高校の教室というのは大して広くはない上にぎゅうぎゅうと等間隔で机が敷き詰められているわけだから、当然折原のその台詞を聞いたのはだけではないはずで、折原の目の前の女生徒はあからさまにびくりと肩を震わせた。

「・・・折原くんはそもそも知り合いさえもいないよね」

 どうしても用事があるとき以外は近づくな触るな話しかけるな、と言われる折原を、もちろんもできるだけ無視してしまいたかったのだけれど、以前無視を決め込んだらその後約1週間に渡って嫌がらせとしか思えない行為を受けたことがあるので、仕方なく答えてやった。
 顔はあげずに問題集に向かったまま、受験生にとって貴重な自習時間だということを考慮に入れてはなるべく小さな声で言った。

「えっ、何言ってるのさ!」

 折原臨也はがばりと勢いよく身体を起こすと、両の手を広げて天井を仰ぎ見る。彼にはクラスメイトに対する配慮も何もあったものではなく、声のボリュームは下げられていない。

 当然、クラスメイトの注目の的である。

「俺はいつだって皆が大好きだよ」
「・・・だから、それは片思いじゃん」

 折原に対してこんな風に喧嘩を売るような返事を返す者は、この学園には5人もいない。とて普段は触らぬ神に祟り無し、折原には極力関わらないようにしているのだけれど、先ほどの失礼極まりない発言に、少しばかり腹が立っていたこともあって、本日は珍しく反抗的な態度を取ってみたのだ。

 取ってみたのだけれど。



 3秒後に後悔した。



 ちらりと視線を上げた先にある折原の顔には、薄気味悪いとしか形容のしようがない笑顔がぺったりと張り付いていたのだ。悲鳴を上げなかっただけ、自分は偉いと褒めてやりたい。

「それはあ、さんだけじゃないかなあ」
「どういう意味よ」
さんはさ、あれじゃん、皆のこと大して好きじゃないから、そういうこと言えちゃうんだろ」

 さんて親友とか作らないタイプだもんねえ、と折原は満足気に頷いた。
 折原臨也が学校中の人から恐れられている理由を、身をもって経験している気分だった。



 この間、の友だちが「折原の何が気味悪いって、あの異常な観察力だよね」と言った。観察力なんてあったっけ、とが首をかしげると、それを察した友人は、嘘言ってるように見えて本当のこと言ってるよ、と続ける。人が必死に隠してることを的確に当ててくるじゃん、とどこか居心地が悪そうに言っていたことを考えると、その友人も何か痛い目を見ているのかもしれない。


 とにかく、その気持ちを理解した。
 と、いうよりも、友人のその忠告を無視していたことを心底後悔した。

「友だちたくさんいます、みたいな顔してるけど、どうせ卒業したら連絡取らないつもりだろ?わーこわいこわい」

 けらけらと可笑しそうに笑う折原に、上手く言い返すことができない自分に、は机の上で握った左手に、嫌な汗が出てくるのを感じた。

 性質が悪いなんてものではない、こんなの、ただの嫌がらせである。

 恐ろしくて隣に座る友人の顔など見れたものではなかった。



「だからー、俺だけはいつまでもさん、追いかけてあげるよ、一人にならないように?」



 それはどうもありがとう、とかろうじてそれだけ搾り出すと、折原はどうやら満足したらしい、どういたしまして、と言って今度は後ろの席に座る少年に声をかけていた。

 がぼんやりとした頭で顔をあげると、様子を窺っていたらしい友人と目が合ったが、すぐに逸らされた。



 じわり、ゆっくりと、でも確実に迫ってくる焦燥感。



 別にそんなつもりはないのに、非難の他に少しの縋るような気持ちで折原に視線を遣ってしまう。



 にっこりと。
 にっこりと彼は微笑んで、それから、バイバイ、と言った。




したがりの少年





臨也は最低だよっていう話。あと、臨也は淋しがり屋なんだよっていう話。そして臨也は友だち作りが下手なんだよっていう話。


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