たぶん、似たもの同士だった。










薇が愛した花嫁

物 語 の 合 間 の 小 さ な お 話










「ユウ兄!」

アレンと別れたは、長く続く廊下の先に、見慣れた姿を見つけてそう叫んだ。くるりと綺麗にポニーテールをなびかせながら、神田ユウは振り向いた。

「久しぶり!さっき雅姉と一緒に食堂にいたでしょ?」

ぱたぱたとは神田に駆け寄っていく。自分よりずっと大きな神田を、は首を上に持ち上げて仰ぎ見た。

「ユウ兄、任務連続なんだってね。お疲れさま。」

疲れてる?と心配そうに眉を下げながらそう聞くと、神田は別に、と短く答えての頭を二、三度軽く叩いた。

「わぁ、久しぶりだなぁ、ユウ兄に頭ぽんぽんされるの!」

嬉しそうに顔を綻ばす。

今現在がいる廊下は、彼女の所属する探索部隊の部屋がある方向とはまさに真逆にあたる所だった。ここから先に行けば、エクソシストたちの部屋が並んでいる。神田もまさに自分の部屋に帰ろうとしているところだった。

「何してるんだ?」

最近ののお気に入りであるアレン・ウォーカーの部屋はこの間大破してしまったため、彼の部屋はこの先にはない。

「ん?ああ、うん。舞兄に会いに行こうと思って!」

無邪気な笑顔で少女は言う。ユウ兄も行く?髪の毛をくるくると指先で弄びながらはにこにことそう言った。



幸成舞。



現在眠っている、18歳の少年エクソシストの名前である。
舞は昔から、を可愛がってくれていた。否、可愛がっていたという表現は間違っているかもしれない。多分、そんな生易しいものではなかったから。
舞には双子の姉がいる。雅、という、こちらもまたエクソシストの少女だ。はこの姉弟に何故かとても懐いていた。そしてその二人と幼なじみである神田ユウにもまた、懐いている。
その中でも特に良く懐いていたのが、舞という少年だった。

理由は誰にもわからない。

舞が昏睡状態に陥っても、はいつもと変わらぬ様子で彼に話し掛けに行く。それをリーバーあたりがとても哀しげに見つめていたけれど、神田は不気味な光景だと思っていた。

舞の状態がわからないんだろうな。

リーバーはそう言った。
わからないのであれば、それでいいのではないかとすら思う。しかしこの少女はそれよりも恐ろしい何かを心に秘めている、と彼は感じていた。悪気がない故の、小さな歪み。

舞兄は、優しい人だから、こうなったんだね。

のその言葉にどんな意味が隠されているのかわからない。
ただその言葉を聞いた時に、神田は何か深い闇を見た気がした。舞や雅の持つ闇とは違う、異常なまでの純粋な黒。
最近それがはっきりと感じ取れるようになっている。おそらく自分だけではなくて、雅やリナリーも気付いているだろう。雅にいたっては、敏感にそれを感じているかもしれない。

「じゃあまたね!」

嬉しそうにスキップで駆けていく少女の背を、神田は黙って見つめていた。

















「舞兄。」

ぴょこりとオレンジに近い茶の髪が肩の辺りで跳ねた。はす、とカーテンを開けて眠る少年の元へ近づく。

「今日もまたアレンと一緒にお昼食べたよ。あとね、リー姉も一緒だったの。なんだか今日、元気なかったなぁ、せっかくアレンと一緒だったのに、どうしたんだろう。」

もちろん、返事など返ってくるはずもない。
誰かが生けていったのか、綺麗な黄色系の花々が大きな花瓶に咲いている。相変わらず殺風景でシンプルな部屋で、は日本人はそういうのか好きなのかな、といつも思う。神田ユウの部屋にいたっては、本当に何もない。
何となくしゃべる気にはなれなくて、しばらくはじっと眠る少年を見つめていた。



ただ、じっと。



「・・・・・舞兄。あたし、舞兄が大好きだよ。また、一緒に任務行きたいな。」

窓を開放すると風が一気に舞い込んでくる。ざぁっと吹き抜ける風にばたばたとカーテンがなびいている。は窓際から舞を振り返った。

「空気の入れ替えですよー。勝手にこんなことしたら、雅姉怒るかな。」

窓から身を乗り出して下を見る。
何も、ない。
誰も、いない。
風の音しか聞こえない部屋の中で、は不思議な心地よい気分だった。





隣に、舞がいる。

隣に、舞しかいない。





生まれて初めて見た景色も、きっとこの教団から見える景色だった。
生まれて初めて見た人は、きっとこの教団の人だった。
生まれた時には、たくさんの神の使徒が側にいた。

「あたしを初めてだっこしてくれたエクソシストは舞兄なんだってね。あたしはオカーサンもオトーサンも、知らないけど、お兄ちゃんなら、知ってるよ。」

少年は懇々と眠り続ける。
少女は淡々と語り続ける。
そこにはいっそ無限に続くのではないかと思えるような深い静寂が渦巻いていて、オカーサンのお腹の中ってこんな感じなのかな、とはぼんやりとそんなことを考えていた。

「でも、どうしてアレンにもっと早く会えなかったのかな。あたしはアレンがいればそれでいいのに。」

舞の髪を一度、そうっと両手で掬うように撫でる。反応のない彼に、は再び笑いかけた。

「じゃあ、もう行くね!また今度!」

ぱたんっと大きな音を立てて窓を閉める。カーテンを引いて、の視界から少年は消えた。




少年は眠っている。


少女は少年が目覚めることを望んでいる。


だけどきっと、


幸成舞が目を覚ますとするならば、


それは自分の片割れと、幼なじみのため。


そして少女もきっと、


自分にとっての最優先順位は舞では、ない。



END
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空木ソロさん宅の幸成姉弟とのコラボでした!
彼女のサイトのD灰夢『舞姫―WANDER―』とリンクしてます。
急いで書いたのであんまり文章に納得できてません。近々修正するかも。

07年07月06日

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