私にはわからない。 泥棒がいない 特にすることも見当たらず、私は虚園内を歩いていた。藍染隊長が尸魂界から離れて早五日。今はまだお互い体勢が整っていないせいなのか向こうからの刺客も来なければコンタクトすら取っていない。ウルキオラ達が動いていてくれているので、私は本当に暇を持て余していた。 護廷十三隊に入った当初から五番隊席官だった私はずっと藍染隊長の元で動いてきた。彼が何を企んでいるのかは何一つわからないけれどそれでもいい。私には彼が必要だった。だから藍染隊長にただ一言、「はどうする?」と言われた時も、「隊長についていきます」と何の迷いもなくそう告げた。 藍染隊長が死亡したと連絡を受けた時も、私は妙に冷めた気分でそれを聞いていた。雛森副隊長の錯乱した様子を見ても何も思わなかったし、日番谷隊長から詳しいことを聞いている間も特に何も思わなかった。ああ、私が引かれていた藍染惣介という男はこの程度だったのかとがっかりするような気分だった。 かと言って市丸隊長に藍染隊長が生きていると聞いた時もそれほど喜びの気持ちは出てこなかった。なあんだ、やっぱり、そんなことを思っていた気がする。 協力してくれるかな、と言われた時も特に何も言わなかった。それを肯定の印と取ったのか、藍染隊長は、何があっても僕についてきて欲しい、と一言そう言った。 これにも私は返事をしなかった。 だからまさか虚たちが藍染隊長や市丸隊長を庇った時に、私にまでその光が届くとは思わなくて、ふわりとした妙な感覚に包まれた時、少しだけ驚いた。それでも、私はそれを冷静に受けとめていた。 少しだけ暗いこの世界に、始めはあまり馴染めなかったけれど、ようは慣れが大切なんだなと最近は思えてきた。無駄に広いのも問題なのかもしれない。 その広い廊下をぼんやりと進んでいた私はなんとなく右に曲がりたい気分になって、狭い道へと足を踏み入れる。 見慣れた影がそこにはあった。 「ああ、ちゃん。久しぶりやなぁ」 胡散臭い笑みを顔にぺったりとくっつけた市丸隊長だった。 「お久しぶりです。最近見かけませんでしたけど、どちらに行かれてたんですか?」 「秘密」 もともと教えてもらえるとは少しも思っていなかった私は、そんな答えが帰ってきても不満をもらすことなくただ黙っていた。 本当ならばすぐにでも彼の元から去ってしまいたかったけれど。 ただ一つ、気になっていたことがあった。 私なんかが聞くべきではないことくらいわかっていたが、それでも聞かずにはいられない衝動に駆られ、私は身を乗り出す。 「どうして、松本さんから離れたんですか」 はっきりと、一言一言を強調するように私は問う。吹いてきた風に私の言葉は連れていかれたんじゃないかと思うほど、長い間市丸隊長は答えなかった。それでも私はじっと彼を見つめたままここからうごかない。 私が初めて松本さんに出会ったのはまだ少し肌寒い、春の訪れたばかりの季節だった。 彼女が副隊長に任命されてから最初の春だったと思う。まだ真新しい副官章を嬉しそうに見せてくれたのを覚えている。 私が幼なじみを追い掛けてここに入ったことを告げると、急に松本さんは表情を曇らせた。追い掛けたって良いことなんてひとっつもないわよ、と言っていたことだけは今も鮮明に思い出せる。 それから程なくして私は松本さんと市丸隊長の関係を知った。彼女からほんの少し聞いただけだったけれど、松本さんの思いは痛い程に伝わった。軽々しい言葉を返すわけにはいかなくて、何も答えることができなかった。 市丸隊長ほど、何を考えているのかわからない人はいない。少しだけ、彼が苦手だった。 「何でそないなこと聞くん?」 とても低い声で彼は言う。 「興味本位です」 素直にそう言うと、市丸隊長は一瞬、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。おもろい子やね、そう言われたのでとりあえずお礼を言っておいた。 「乱菊とは追ってるものがちゃうからなぁ」 「・・・・・?どういう意味ですか?」 「俺たちは互いに互いの理想があるゆう意味」 まったく意味がわからない。 「だって市丸隊長だって松本さんが必要でしょう?」 「そやね。けどお互い逃げてるようなもんやから」 「逃げてるのは市丸隊長でしょう?」 そう言っても彼はただ小さく笑っただけだった。 ほなもう行かな、ひらりと右手を振って彼は私の視界から消えていく。 私はその背を食い入るように見つめていた。 何から逃げているのだろう。 ぼんやりと私はそんなことを考えた。 もしかしたら私が思うほど松本さんは市丸隊長を追おうとはしていないのかもしれなかった。回る世界で私がただ一人を追い求めるのとは違うのかもしれない。でもそうだとしたら市丸隊長は何から逃げているのだろう? 松本さんの理想から? 彼女が市丸隊長のことをわからなくなってしまったのは、市丸隊長が変わってしまったから? 何もかもが矛盾しているように思えてきて、私はそこで考えることを放棄した。 ただ単に、好奇心だった。 絶対に、何があっても最後は離れないと思っていた松本さんの元を、どうして市丸隊長は離れることができたのか。 あの二人は、一緒にいることが運命だと思っていた。 離れられるものなのだろうか。 あんな、いとも簡単に。 一方的な思いでさえなければ、離れることができるとでも言うのだろうか。 互いに思っているが故の、結末なのだろうか。 「。藍染様がお呼びだ」 後ろから聞こえてきたウルキオラの声に私は小さく一度だけ頷く。 大きく息を吸い込むと、私はゆっくりと足を踏み出した。 自分ではどうすることもできない、運命の糸に引かれるように、一歩一歩確実に。 私の知らない、幼なじみの青年の元へ。 END +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 泥棒:どろけいの泥棒のことです。 07年07月16日 夜桜ココ |