イッテラッシャイと言葉にした。

サヨナラと心で告げた。










陽と星空と僕










「ちょっと、夏休み留守にするから。」

教師の言葉とはとても思えないような、越智さんの言葉を聞いた私たちは、突如何かしらのしがらみから解放されたかのように、わぁっと弾けるように騒ぎだした。今日は一学期の終わりを告げる、めでたき終業式の日だ。

そんなわけで夏休み今年はどこか行くの、私はそう一護に聞いた。
そしたら、そんな答えが返ってきた。
明らかに、私の質問に対する答えとしては不適切だと思う。
肝心の、どこ、の部分に触れていない。

「いやいやいや、留守、って何じゃそりゃ。」
「うん、出かけるから。」

出かけないのに留守になったらそれは不思議現象だ。

「どこ行くのさ?」
「どこだっていいだろ。は?」
「・・・・自分は言わないのに、あたしには言えってか?」
「いや、別に知りたいわけじゃないから言わなくても問題ないけど。」
「なら聞くな。」

そう、ため息と共に言えば、一護は手をひらひらと小さく振って、水色たちの所に行ってしまった。
去っていく背中を見ながら、私の脳は色々なことを考えていた。




―なんだか遠くなっちゃったなぁ。―

もともと、別に近くにいたわけではないけれど。
ちづるー!と言う叫び声が教室の後ろの方から聞こえてくる。後ろを振り向かなくったって断言できる。有沢たつきだ。
彼女は一護の幼なじみだった。私なんかが適うはずもないくらい、彼の近くで生きてきた人。別にお互い恋愛感情はないにしても、きっとすごく大切にしてるんだろうな、というのは見ればわかる。
大切、というのは間違っているかもしれない。何だか、違う気がする。けれど私には幼なじみがいるわけではないからわからない。





私が一護と知り合ったのは、中学三年の時だった。彼はその容姿のせいで、かなり目立っていたので、存在自体は入学当初から知っていたが、実際に知り合ったのは、中三のクラス替えで同じクラスになった時だ。
一護と日直だった女の子に、どうしても抜けられない用事があって変わって欲しいと頼まれたのがきっかけだったと思う。
私はその時に初めて一護と話をした。

彼に関する噂はそれこそ耳にタコができるくらい聞いたことがあったが、どうもその噂は嘘くさいなと感じていた。よくない噂ばかりだったけれど、不思議なことに、目撃者がいないものがほとんどだったからだ。それに、たつきとしゃべっている一護を何度も見かけ、とても噂通りの極悪人には見えなかった。

「あぁ、お前が?悪いな、わざわざ。」

申し訳なさそうにそう言う一護に、一目惚れした。
どこに引かれたのか、わからない。たぶん、雰囲気とかそんなものだろう。びっくりして、嬉しかった。
それが、私と黒崎一護の出会いだった。





ー!あんた暇ならこれからカラオケ行かない!?」

千鶴の声で、私は我に返った。いつのまにか、感傷に浸っていたらしい。気が付けば一護も既に教室からいなくなっていた。

「行く行くー。ちょっと待って!」

私は慌てて鞄に荷物を詰め込み、バタバタと千鶴たちの元へ向かった。













「一護が、遠いよね。」

ちょっとトイレ、とたつきが抜けた時に、ああ待って私も行くー、と二人して部屋から抜け出した時だった。
何の前触れもなく、彼女はさらりとそう言った。は?私は目を点にして、たつきをまじまじと見つめてしまう。

「えー?何、どうしたの。」
「・・・・はそう思わない?あたし、は、最近、一護と織姫が遠いなって、よく、思うよ。」

たつきにしては珍しく一言一言をしっかりと区切りながら、確認するようにそう言った。

「うーん、別にそうは思わないけどなぁ。たつきは今まで近くにいた分、そういうのに敏感なのかもね。でも大丈夫っしょ。あの二人がたつきから離れていくなんてありえないよ?」

大丈夫大丈夫、と私は笑う。
たつきはそれでも不満そうな表情をしていたが、私はそこで話を打ち切った。
本当に、そう思って、たつきを慰めようと思ったからではない。










私が、不安になったからだ。










たつきたちに別れを告げてから、私は一人、人のいない歩道橋の上で町がオレンジに染まるのを眺めていた。
傾きかけた太陽が淡く、けれどはっきりと街を照らす。あちこちからまた明日ね!という子供たちの声が聞こえてくる。ぼんやりと私はその様子を伺っていた。



?」



ふいに後ろから聞き慣れた心地よいトーンの声が聞こえてきて、私はゆるりと振り返った。案の定、そこには太陽の光で、いつもより濃いオレンジの髪をした黒崎一護が立っていた。

「一護。どしたの、こんなトコで。」
「そりゃこっちの台詞だよ、お前ん家、向こうだろ?」
「あたし?んー、うん、なんか気付いたらここに居たんだよね。」

ぶらぶらしていたらいつのまにか一護の家の近くまで来ていたらしい。心は正直なんだなと思わず感心してしまう。

「なんだそりゃ。散歩か?」
「まあ、そんなトコ。」

あはは、と小さく笑えば、一護は苦笑を返してきた。
確実に沈んで行く太陽を目の端で捕らえながら、この太陽が沈んだら、何かが終わるような予感がしていた。

「留守にするって、明日から?」
「ん?ああ、そうだよ。」
「ふうん。」





一護が、遠いよね。





たつきの言葉が再び蘇る。必死に否定しようとしたけれど、どうしてもできなかった。
一護が遠くに感じることを、否定したいんじゃない。





たつきが、そう感じたことを否定したかった。





たつきは一護の幼なじみで、私なんかよりもずっと彼の側にいて。
ああ、彼女から彼が離れていくなんて考えられないけれど。
でももしそれが本当なら。










幼なじみでもなんでもない私はどうすればいいの?










私は一護が大好きで。
だけど一護を好きな人は他にもいる。
例えば井上織姫。
可愛くて優しくて頭がよくて、皆に自信を持って一護が好きだと公言できる女の子。そうすることがふさわしい、女の子。
そして多分、私のこの気持ちに気付いている人なんて誰もいない。
出会った年月なんて関係ないと言うけれど、それでも私は彼と出会ったのが遅すぎた。
あきらめてしまう。

「一護。」

目の前の少年の名を呼んだ。

「ん?」

くるりと彼が振り返る。










「いってらっしゃい。」





















夕陽がほぼ沈みかけている。ビルや住宅が邪魔になって視界に捕えることはほとんどできない。それでもはっきりとしたオレンジ色が、建物と私を照らしていた。影が長く後ろに伸びる。辺りに人は見当たらない。幻想的で美しい世界の中で、私は何かを今失おうとしているんだ、とそう認識した。
彼と結ばれたいなんて思ったことは一度もなかったけれど、彼を理解したいと思ったことは星の数ほどあった。
同じ高校に進学して、偶然にも同じクラスになることができて、少しは距離が縮まったのだと思っていた。

だけど。

彼はきっと、またどこかへ行ってしまう。
もう私には届かないどこか遠くへ。

視界が霧掛かったかのように霞んできた。
目の奥が熱いな、なんてことを思ってみた。
全てが浄化されていく。




サヨナラ、私の恋物語。




いつかまた、どこかで会いましょう。




私の大好きなオレンジが世界から消えた。
見上げた夜空に、白く輝く星が四つ。









私は黒崎一護を愛しています。







END
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夕陽=オレンジ=一護。
何て安直な方程式。

lovesick ster様参加作品。

07年05月23日 夜桜ココ


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