雪国には季節に応じた寒波がある。
 例えばクリスマス寒波。例えば年末年始寒波。例えばセンター試験寒波。
 季節に応じたもなにも、イベント開催事の列車遅延は影響が大きいため、記憶に残りやすいだけなのかもしれないが。

「今年はまだマシですねえ」

 炬燵から一向に動き出す気配のない信越本線が、抑揚のない声で言った。

「この分だと帰省ラッシュピーク時も問題なくいけるんじゃないですか。立派立派」
「年内は東北の方が強風の影響受けてましたけどね。ところで、」

 貴方はいつまでここにいるつもりです、と北陸新幹線は冷たい声で言った。
 12月31日から1月1日にかけての泊まり勤務を終え、帰宅してみれば信越本線が我が物顔で炬燵を占拠していた。仕事は、と聞けば「今年は帰省ラッシュの方の泊まり勤務なんで今日明日は休み」と365日24時間運行の鉄道管理者にあるまじきことを宣った。北陸新幹線は、12月30日から1月3日まで休みはない。明日も当然のように勤務で、加えるならば早番であった。「運が良いですね」嫉妬の気持ちを込めて言った北陸新幹線だが、「そら一世紀以上年越し経験してればそういう年もありますよ」とさらりとした返事が返ってきて、これ以上言い返すことはできない。
 まだ真新しさの残る洗濯機へ溜まった仕事着を放り投げ、電源を入れる。お湯を沸かしてお茶を淹れる。ゴミの回収は4日からのため、溜まってしまっている生ごみの入ったビニール袋の口を厳重に縛り、玄関へ持っていく。それから北陸新幹線が部屋へ戻っても、信越本線は先ほどと少しも変わらぬ位置で暖を取っていた。いつまでいるつもりだと問うてしまうのも仕方がない。

「上官、おせち食べました?」

 北陸新幹線の質問には答える気がないのか、信越本線が思い出したように顔を上げた。

「…まだ食べていません。今年は食べないと思います。兄も来ないので」
「だと思ったー」

 ぐるりと上体を捻った信越本線が、冷蔵庫を指さしている。まさか、と思いながらも北陸新幹線が扉を開けると、昨日まで空っぽに等しかった冷蔵庫には、所狭しとタッパーが並んでいた。
 煮しめ、栗きんとん、かまぼこ、昆布巻き、等々。おせち料理のラインナップである。

「どうしたんですか、これ。…まさか、信越が作って、」
「んなわけないでしょう。あまりですよあまり。新潟の宿舎で余ってたから、貰って来たんです。何ですかその安堵のため息は!」
「いや、毒でも盛られてるのかと思って」
「そういうこと言うならあげませんよ。今更アンタを殺したところで何のメリットもないっての」

 炬燵から這うように出てきた信越本線が、冷蔵庫の前でしゃがみ込むようにタッパーを取り出す北陸新幹線の後ろから、ぬう、っと手を伸ばしてくる。なに、北陸新幹線が驚いて振り返ろうとする。

「重箱はさすがに無かったから、タッパーに適当に詰めてきました。紅白なますとか、汁大丈夫かなー」

 あまりに近い距離から聞こえた声に、北陸新幹線は一瞬全身を強張らせた。しまった、と思った時には既に時遅し。するり、とタッパーが両の手を抜けて滑り落ちる。

「あー!…っとお、間一髪、ちょっとアンタ何やっ、」

 後ろから信越本線が落ちたタッパーを受け止めて、睨むように視線を北陸新幹線へ向けるが、抗議の声は変に区切られた。
 北陸新幹線は、明け番だった。仮眠を取る時間があるとは言え、どうしたって頭は働かない。本能により近いところで物事を判断しがちになる。仕方がない。だって眠いのだ。疲れている。
 そんな折に、普段滅多に距離を詰めて来ない信越本線が、欲しいと思っている男が思いもよらぬ近さにいれば、手を伸ばしたくなったって仕方がない。上手く回らない頭で、北陸新幹線はそう言い訳をする。室内で寛いでいたからなのか、マフラーが外されて露わになっていた首筋をそっと撫でる。みるみるうちに、信越本線の両眼が見開かれていった。
 黒目が、ゆら、と不安定に波打つ。驚きと、不安と、失望と。



 多分、ほんの少しの期待と。



 自分勝手な思い込みだろうか、と北陸新幹線は自身に問うが、回らない頭では答えなど出ない。相手に確かめるわけでもないのだから、自分の都合の良いように解釈したって罰は当たらないだろう。
 じい、とその揺れる瞳を焼き付けるように、北陸新幹線は目線を外さなかった。

「…冷たいんですけど」

 信越本線の声が凛と響く。多分、触れていたのは3秒にも満たないくらいの短さだった。信越本線が、ぐいと首を逸らして離れていく。

「…誰かさんが炬燵を占領していたので、冷えたままだったもので」
「いや冷たい理由を聞いてるんじゃなくて、……、」

 信越本線は口を開いて、閉じ、もう一度開き、しかし結局続けなかった。おせち食べるんですよね?と立ち上がって電子レンジへ向かっていく。信越本線の背中を視線で追うが、よく漫画で見るような耳が赤い、なんていう展開にはならなかった。ばこん、少し乱暴な手つきで電子レンジの扉を閉める音がする。30秒ほど経って、煮物の入ったタッパーを片手に戻ってきた信越本線の表情は、不機嫌そのものだった。

「どーぞ。俺はそろそろ帰りますんで」
「えっ」
「え、じゃないですよ。いつまでいるんだって聞いたのはどの口ですか」

 隠すようにきつく、信越本線はマフラーを首元に巻き付けていく。
 何をしたって怒らせてばかりだった。お互い様なので改めるつもりもないが、あと少しで良いから近づけないかともどかしい思いを抱えている。
 つい先日、柄にもなく新年の目標なんてものを立ててみて、距離を詰める、と書いたばかりだった。
 だから、思いの外近くにいた彼に、手を伸ばしてしまった。

「すみません」

 コートを羽織っていよいよ出ていこうとする信越本線に、北陸新幹線は視線を向けられないまま言った。何が、と信越本線は低い声で答える。「さっき急に、」北陸新幹線が思い切って顔を向けると、信越本線とばちりと目が合った。触れて、と続けようとした北陸新幹線を、視線だけで制すると、信越本線はくるりと背中を向けて玄関へ続く廊下へ消えていく。

「別に何も悪くないだろ」

 言わせなかったのは、同意の意味なのか、なかったことにしたかったのか。
 どうせ答えがわからないのなら、と北陸新幹線は前者の方に解釈した。確かめてしまえば後者になってしまう気がする。だから、答え合わせはしない。

「…なら、何でもないです」

 声だけで追いかける北陸新幹線に、信越本線は小さく笑った。
 笑い声は、意気地なし、と言っているような気がした。





で解く




 


北陸上官頑張れ。お正月には3人で揃ってるっていうあれは衝撃でした。ありがとう公式、ありがとう先生。

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