あけぼのが廃止になるね、と信越本線に告げてきたのは、意外なことに上官である上越新幹線だった。 高速鉄道のひとつであり、新潟の星と言われた男が、新幹線の開業後次々と廃止に追い込まれた寝台列車のことを気にかけていたとは思わず、信越本線は驚きの表情を露わにする。かつて地方と東京を結ぶ輸送手段として、上野駅を始発駅として多数発車していた寝台列車は、整備新幹線計画が着実に進むにつれ、姿を消しつつある。2013年の今となっては、あけぼの号が残るのみだ。 新幹線は東京を起点に伸びている。新潟と宮城とか、新潟と青森とか、新潟と石川とか、そういうルートは存在しない。だから、青森から大阪までかつて結んでいた寝台特急日本海は、日本海側をつなぐ重要な特急列車だったが、乗車率の低下や車両の老朽化を原因として、2012年に定期運行を終了した。 冬の日本海は厳しい。信越本線は海沿いを走るわけではないが、寝台特急のルートとなっている羽越本線は、荒れ狂う日本海に面しており、冬になればまともな時間で走ることの方が少ない。大阪から札幌までのトワイライトエクスプレス、日本海、あけぼのと運休や遅れなど当たり前になってしまう。 だから日本海が終了したときに、きっとあけぼのの廃止も近いのだろうと思った。かつては日本海側と東京を結んで多数の特急が走っていたものだが、ついに篠ノ井から長野間の特急しなのを残すのみとなる。新幹線と並行する在来線は、次々と特急列車が廃止となった。当たり前だ、特急列車の上位互換が新幹線なのだ。だから、実は東日本の中で特急列車の走らない区間は多く存在する。何も自分だけの話ではないのだと信越本線もよくわかっているつもりだが、やはり少し寂しい。 上越上官が、何を期待しているのか、信越本線にはわからなかった。始発が動き出すまでの暇な時間に、たまたまこうして出くわした部下で暇つぶしをしているだけなのかもしれない。 「まあ、ブルートレインはいずれ全て無くなると思っていたので、むしろよくここまで残ってきたなあと思うくらいです」 「残るは北斗星とはまなすか」 「ですね。でもあれも北海道新幹線が開業したら役目は終わりなんでしょう」 時代錯誤なんでしょうね、と続けた自分の声が思いの外自虐めいていて、信越本線は慌てて笑顔を取り繕う。上越新幹線のことだ、嫌味のひとつでも言ってくるのかもしれない。 「そういうの、ほんとイラつく」 上越新幹線の声が尖る。やってしまった、と信越本線は自分の言動を後悔するも、もう遅い。この気分屋の上司の怒りや嫌味を大分受け流せるようになったとは言え、普段は他の在来線たちと複数で対峙することの方が圧倒的に多く、かつ確かに今の自分は、あけぼのの廃止や何よりも北陸新幹線開業による並行区間の第三セクター譲渡という現実に、少しだけ気持ちが沈んでいる。そういうのにはいい加減慣れてきたつもりだったが、目の当たりにするとどうしたって楽しい気分にはなれない。 すみませんでした、と下を向いたまま信越本線が呟いたのとほぼ同時だった。 「お前たちは小さくなる必要はないんだ。これは全部、俺たちが引き受けるものだ。次のダイヤ改正で、3分割されることだって、後ろ指指すやつがいたら、お前の背に立ってそれを受けて立つのは北陸新幹線の役目だ、お前じゃない」 何時の間に来ていたのか、上越新幹線の後ろには、まだ幾分小さい長野新幹線がいた。来年の3月になれば、彼は北陸新幹線として世間に誕生する。北陸新幹線もずっと待ち望まれていた。今は4時間かかる東京から金沢間も、北陸新幹線が開業すれば2時間半で到達するようになる。 けれどそれに伴い、特急はくたかが廃止、サンダーバードも走行区間が変更となる。信越本線も北陸本線も、第三セクターへ譲渡となる。 新幹線の歴史は浅い。 けれど、それまでの鉄道の歴史も、期待も希望も、或いは批判も嘲笑も、全部背負って開業する。 長野新幹線は何も言わなかった。それもそうだ、この状況で信越本線にかける言葉などないだろう。 ゆっくりと太陽が昇ってきた。山から朝日が昇ってくる。新潟では太陽は海に沈む。 間もなく、始発列車が動き出すだろう。そうなれば今日も定時運行のため、決められたことを決められた手順通りに繰り返し、人々を目的地まで連れていく。それが役目で、それだけが自分たち在来線に出来ることだ。誰も乗らない、降りない駅だってあるだろう。けれどもそこで扉を開けて人を待つ。そうしてゆっくり発車する。高速鉄道の止まらない小さな駅ひとつひとつに止まっていく。 「頼もしい限りです。よろしくお願いします」 どうか、俺たちが繋いできたものを、よろしくお願いします。 祈りに似た思いを胸に、信越本線は笑った。 上越新幹線も北陸新幹線も笑わなかった。 |
しらゆきが走ってよかったなあって思います。あとしなのもいるね。上官している(?)上越上官が好きです。 |