ブルーマンデイ
   




 ああまただ、とは絶望した。
 また月曜日が巡って来ると考えただけでも明日なんて永遠に来なければいいと思う、ちなみに死にたいわけではない。

 学校は好きだ。友達に会えるし勉強は嫌いじゃないし部活は燃える、基本的には学校を楽しんでいる。
 行事があれば先頭切って盛り上げるし、休み時間だって彼女の周りは笑いが絶えない。学校があまり好きじゃないとぼやく人がいると、なんとかして楽しくなる方法はないかと考える。ちなみに途中で面倒になって放棄するのだけれど。

 そんな彼女でも、学校が憂鬱になる日があった。
 正しくは憂鬱になる時間があった。



 月曜日、三時間目。



「ってわけなんだけどどうしようどうすればいいと思う?どうすれば月曜日の三時間目はなくなるのだろうかまじで切実な問題、英士聞いてる!?」

 困ったときの神頼み、ならぬ困ったときの従兄弟頼み、ということではここのところ毎週のように父方の従兄弟である郭英士の元を訪れていた。決して安くはない電車賃がかかるのだが、そんな些細なことは関係ないらしい。

「・・・毎週毎週よく飽きもせず同じこと言えるよね」

 俺は飽きたよ、と郭はうんざりした表情で言う。あまり感情を表に出さない郭がここまではっきり嫌悪感を示すのは珍しい。つまりそれだけが郭の元を訪れたことになる。机に向かって宿題に勤しんでいた郭はその手を緩めることはしない。郭の性格をよく表すような整った字でノートが埋められていく。

「同じ立場になったら英士だって月曜日が憂鬱になるに違いないから未来の自分を助けるためだと思って是非とも助けて欲しいんだけども」
「ふうん、今回は違うこと言うんだね。いつもは可愛い従姉妹が困ってるのにそれでいいの、とか喚くのに」
「喚いてないし、まず何より問題点はそこじゃなーい!」

 窓から見える夕焼けの空はあかね色というよりも淡い紅色をしていて、すぐ側まで群青が迫っている。
 残念ながら月曜日まで、あと数時間しかない。

「というか、俺だったらむしろ月曜日が待ち遠しくなるけどね」
「だって英士は鋼の心臓を持ってるからだよ、あたしの心臓はか弱いの」

 へえ、と郭は切り捨てるように呟く。

「選択授業とか、なくなればいいのに!」

 が心底憂鬱に思っているのは今年から導入された選択授業のためだった。
 仲の良い友達と選んで受けたその授業はの大好きな先生が行う社会科系の授業で、初めての修学旅行を楽しみに待つ小学生よろしくわくわくとしながら向かった授業初日。
 指定された席に就いて、隣の席の人に挨拶をしようと振り返り、絶叫。





「ああもうなんで隣なんだろう!かっこよすぎる!」





 つまりそういうことだった。

「好きな人と、しかもクラスメイトではなくて本来近づけるかどうかさえ微妙だった人と、選択のおかげで隣同士になっただなんて、普通なら喜ぶところだと思うけどね」



 にはずっと片思いをしている少年がいた。

 彼はクラスで中心になるような人物ではなく、学年でも大人しい方に入る。ただし、目立たないわけではなく、その風貌とずば抜けた運動能力から有名人と言えば有名人だった。だがしかし愛想が良いとは言い難く、交友関係は極端に狭い。のように常に中心にいるような人物をおそらくあまり好ましく思っていないのではないかと専らの噂だ。
 故に一言交わせばお友達!がモットーのでさえ話しかけたことがない。

 ただしの場合、

「そうなんだけど!そうなんだけど!なんていうかですね、彼の前だと緊張して上手く話せなくてですね、っていうかただの変人?」

 という理由により話し掛けられないのだった。

 手にしていた郭のクッションにさらに力を込めながらは長い長い息を吐く。このままじゃあたしはただの変人だと誤解されたままになっちゃう、と郭を振り返るも、もちろん彼は宿題と向き合っているわけでの方など見向きもしない。
 クッションを投げつけてやろうかと一瞬はそんな物騒なことを考えたが、昔それを実行して郭のトロフィーを破壊したことがあり、それを思い出して寸前で諦めた。

「まさかにそんな一面があるとは驚きだけど、」

 恋する乙女って面倒だから嫌いなんだよね、と郭は無情にも吐き出した。もういっそ幼稚園の頃から変わらないのではないかと思うほど一貫した従兄弟の態度には慣れているつもりだったけれど、どうしてか毎回結構なダメージを食らう。淡々とからしてみれば大変不可解な文字の羅列にしか見えない数学の課題をこなしていく郭に、下から「えーし」と呼べば、しばらく間があってそれでも結局「なに」と返って来た。

「どうしたら話しかけてくれるかな」
「いや自分で話しかけなよ」
「話しかけたよ!でもいつも名前呼んだところで頭がパーン!てなってこの間なんてまさかの、本日はお日柄も良く、だよ何あたし何なの絶対テンちゃんに嫌われた!」
「うん、馬鹿?」

 テンちゃん、というのはの想い人の通称で、といっても勝手にが心の中でそう呼んでいるだけであって決してそれが彼のあだ名というわけではない。先にも述べたようにあまり愛想の良いタイプではないので、彼のことをあだ名で呼んでいるような人はいなく、ならあたしが一番に呼ぼう!と心に決めて呼び出したのが、テンちゃん、だった。郭曰く「本名は知らないけど最悪のネーミングセンスだよね」らしい。

「ああああああ明日も月曜日だよもうほんとこれさえなければ月曜日嫌いじゃないのに選択授業なんてなくなればいい!」
「なくなればいいんだ?」
「嘘ですなくなったらテンちゃんに会えない。っていうかさ、英士もよく呆れもせずにあたしの話聞いてくれるよね、不思議」
「呆れてはいるけど」
「けど?」

 既にほとんど興味の失った状態ではなんとなくそう尋ねた。返事が返ってこないので、不思議に思いながら見上げると、じっとを見つめたまま郭は動かないでいた。カチコチと時計の針が進む音がいやに大きく聞える。

「自分で考えなよ」
「え!なんで無理だよあたし馬鹿だから!」

 そうだねと郭が笑った。笑うというよりも微笑むといった方が正しい。いいながら馬鹿にされたわけではないということが伝わってきて、結局はそれに対する返事をすることはできなかった。

 太陽は沈んでいて、遠くで自転車のベルが鳴る。

、そろそろ帰る時間じゃないの」

 送っていくよと郭は立ち上がった。続いてお礼を述べつつもだらんとした自分の体を持ち上げて茶色いチェックのコートを羽織る。おいでと扉の前で待つ郭に、ああ意外と英士もかっこいいな、なんてそんなことをは思った。





「でも天城さまには勝てないけどね」




「・・・は?」
「なんでもなーい」

 ちょ、待って今なんて言った?
 慌てたような郭の声にまた同じように応えては階段を一気に下る。あー明日こそ月曜が好きになれるといいな!と叫ぶを、郭は珍しく急ぎ足で追う。





 サッカー仲間がまさか恋のライバルになるだなんて、きっと郭は予想だにしていなかっただろう。






まさかの天城。
オチが上手くできなかった。

09年11月22日 夜桜ココ


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